心葉と書いて、しんようと読みます。
業平のトレードマークである初冠(ういかむり)に飾る小さな花枝。
なぜかそれが杜若ではなく、梅の花なのです。
杜若「恋の舞」の小書にしか使わない小さな枝は、見失わないよう小さな箱に納められて
蔵にしまわれています。
けれど、箱に書かれた「心葉」という文字と、しんよう、という響きが、とても大事なもののようで印象に残り、見失うことはありませんでした。
さて、まず「心葉」を調べてみると贈り物などに添える水引などで造った小さな造花、
松や梅のもの‥こころば
そして、しんようは、
小忌人の盛装の際、冠に飾る梅の造花。
小忌衣(おみごろも)ということばは能にもよく出てきます。
今日「忌」という文字は不吉なイメージがありますが、死の穢れから遠ざかるべき意味と、かつては「神聖」なるものを侵すべからざる意味があり、このふたつはもともとはひとつのものであったと思います。
丑寅の方角があの世に通じているために神聖かつ危険な領域であったのが、危険性のみ強調されるようになったのと似ています。
いや、神というのは自然そのものですから、原始においては危険=神聖はつながっていたのだと思います。
小忌人の奉仕する神事は新嘗祭(その年最初の稲の収穫を祝う神事)や、大嘗祭(新たに天皇が即位された年の新嘗祭)、その他重要な官祭、葵祭など。
男性も女性も同様に、山藍で染めた白麻。頭には心葉の梅と、日蔭糸(ひかげのいと)という飾り紐を垂らします。
「恋の舞」では、この日蔭糸もつけます。
観世流では赤いものを使いますが、漆黒の髪と冠の上から血管が這うように赤い糸がゆらゆらと垂れている中に、真っ白な梅がすいと立っている。
見ようによっては梅の根が血液を含んで這っているようです。
他流では浅黄(薄い水色)のものを使う場合もありますが、「恋の舞」という言葉と赤い血管のイメージが情熱的な印象をもたらす気がします。
小忌衣の日蔭糸の色は、白か、青。
すると他流の浅黄のほうが本来の盛装には近いことになります。
この日蔭の糸は誰もが知ってる、あの事件に由来します。
天の岩戸隠れ。
そのときアメノウズメノミコトは、髪飾りにまさきの葛をつけ、日蔭の葛をたすき掛けし、手に笹を持って舞い、太陽神を再びこの世に呼び戻したのでした。
日蔭の葛は日光を好むシダ植物、常緑の生命力で太陽を呼び出そうとしたのでしょう。
日蔭の葛
まさきの葛は、別名:定家葛。この植物は能「定家」にも、定家の執心の象徴として登場します。これはマメ科のツル植物ですが、そのつるは、本当にどうしようもないほど執心にからみうねった感じでものすごいです。
ほどけるの、これ?というほどからまりあってます。
しかも、ものすごい生命力で広く、長くどこまでも這いひろがるのです。
髪にこの蔓を飾っちゃあ、怖いでしょう‥と思いきや、花が可愛い。
定家葛の花
梅の花にも似ていますよね。
梅は冬が終わって最初に咲く花、そして実を結び、薬効もあり、樹木も長寿で品格高い。
初めはウズメの故事にならってまさきの葛の花であったものが、あるときから梅へと変わっていったのではないでしょうか。
さてさて、核心に近づきます。杜若「恋の舞」にて、「小忌衣」の意味は??
恋の象徴、杜若の精が身に着けているのは業平のトレードマークの初冠と、その想い人、高子后の衣です。
そしてふたりの出会いとは、蔵人として神事に奉仕した業平が、新嘗祭の舞姫(五節舞姫)に選ばれた高子后のお世話をした時だったといいます。
五節舞姫の盛装は小忌衣。おそらくは蔵人として従事していた業平も、小忌衣を着ていたのではないでしょうか。
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